よく分かる鏡の世界

歴史

鏡は、私たちの日常生活の中にごく当たり前にあるものです。身だしなみを整えるときには欠かせませんね。特に女性は、出かける際にも小さな手鏡などを持ち歩く人が多いでしょう。そんな鏡ですが、人々はいつから使うようになったのでしょうか?ここでは、鏡の歴史について紹介していきたいと思います。

最初は水鏡

今ではほとんどの人が持っている鏡。自分の姿を映して、身だしなみを整えたりするのに重宝します。もし鏡が手元になかったとしても、夜の窓ガラスやスイッチの切れたテレビ画面、きれいに磨かれた食器など、探してみると代わりになるものが結構あります。 ですが、まだ鏡がない時代、人々は自分の顔や姿を見るときどうしていたんだろう…と思いませんか?家族や友達、周囲の人の顔・姿は見ることができるのだから、自分自身も見てみたい!そう思ったに違いありません。大昔、鏡の代わりとして使っていたと考えられるのは水です。池や雨が降ったあとにできる水たまり、洗顔目的で桶に溜めた水などに自分の姿を映していました。

金属鏡へ

水鏡を使っていた時代から、すぐに金属鏡を使う時代へと移っていきます。金属や石などを磨いて使っていたと考えられています。現存している金属鏡のうちで最古のものは、紀元前2800年エジプト第6王朝の鏡になります。当時の鏡は、銅をメインとした「銅鏡」と呼ばれるものでした。それ以来、銅や錫、それらの合金を磨いたもの、水銀が使われるようになりました。 しばらくして、鏡の歴史に劇的な変化をもたらしたとされる「ガラス鏡」が登場するのですが、その前に次の項目で、日本での鏡の歴史について見ていくことにしましょう。

日本での歴史

日本に鏡が伝わったのは、弥生時代のことと言われています。弥生時代から古墳時代にかけて、中国の鏡が数多く入ってきました。それらは姿・形を映すものというよりも、お金持ちの人々の宝物や祭事の器として大切に使われていました。

古墳時代

古墳時代に入ると、中国の文様を真似て作った日本製の鏡も登場します。3〜4世紀には本格的に日本製のものが作られるようになり、文様も次第に日本独自の優しい感じのものへと変わっていきました。

平安時代

平安時代には、薄い新型の鏡が作られるようになりました。文様も山吹や桜、萩など自然の草花になり、もとは一対の鳳凰を向かい合わせに配置した円形の文様である双風文も、長尾鳥や鶴、千鳥、雀などに変わりました。こうして、日本独自の“和鏡”が生まれたのです。

江戸時代

そして、江戸時代には柄のついた鏡や懐中鏡が量産されていました。当時、鏡は需要が高く、大量生産されていたため、はっきり言ってその品質はあまり良いものではありませんでした。けれど、それらの鏡は全国各地に出回り、一般庶民の間でも初めて使われるようになりました。

「ガラス鏡」の誕生

フォン・リービッヒ

「ガラス鏡」は誕生したのは、1317年のことです。イタリア・ベニスのガラス職人が、ガラスを使って鏡を作る方法を考え出したのですが、とても手間のかかる製造方法だったために大量生産することはできませんでした。それから、518年後の1835年、19世紀最大の化学者と言われるドイツのフォン・リービッヒがガラスの上に硝酸銀溶液を沈着させる方法を開発しました。これは今の製造方法のもとになっているので、これにより品質・生産性ともに向上していきました。

日本における「ガラス鏡」

日本での「ガラス鏡」の歴史は、1549年に始まりました。その年に、ポルトガルの宣教師フランシスコ・ザビエルによって伝えられました。また、日本で初めてガラス製の鏡が作られたのは18世紀後半、泉州(今の大阪府)佐野市でのこと…。作られたものは、鬢鏡(びんきょう;柄付きの小さな手鏡)でした。 明治時代にはヨーロッパから板ガラスが輸入されるようになり、ゆがみのない大きな鏡を作ることができるようになりました。